【135】イラク大統領タラバニ氏と親しいトルコ人ジャーナリストへのインタビュー【ミリエト紙】【2005.04.08】

4月8日付けのミリエト紙よりメフメット・ギュンデム氏のコラム。イラク大統領に選出されたタラバニ氏と親しい関係にあるトルコ人ジャーナリスト、ジェンギス・チャンダル氏へ、ギュンデム氏がインタビューしています。チャンダル氏は故オザル大統領に近いジャーナリストとしても有名でした。

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クルドの指導者ジェラル・タラバニがサダム以後のイラクで暫定政府の大統領に選出された。1973年以来、タラバニと交友のあるジャーナリスト、ジェンギス・チャンダルは昨日の記事に「私へ祝辞を述べてくれても良い。なにしろ32年来の朋友が大統領になったのだから」と書いた。チャンダルに、「あれを本気にしてお祝いしてきた人はいるのか?」と訊いたところ、彼はこう答えた。「我々の世論は賢いからね、洒落を解ってくれたよ。解らなかった連中もいるだろうけれど、彼らは祝辞など送ってこない、批判材料にするだけさ」。

Q:タラバニはどんな人物なのか?

A:行動的でずば抜けて頭の良い人物である。節操がないと言われるほど素早く立ち回る。人間関係を巧く保つが自己主張は強いタイプだ。

Q:トルコにとって、タラバニの節操の無さは問題にならないか?

A:故オザル大統領とタラバニ、そしてバルザニの接触をお膳立てしたのは私だ。91〜92年、オザルがクルドの指導者たちと接触する際、その準備に私は一定の役割を果たした。この過程により、我が国の最も大きなタブーの一つが崩れ去った。ある日、オザルは私に訊いたものだ、「タラバニは非常に節操がなく信用できないと言われているが、君はどう思うか?」と。私は次のように答えたね。「貴方はトルコ共和国の大統領であるばかりでなく、同時にオスマン帝国の皇帝でもあります。スレイマニエの藩主になろうという人物が賢い男であることに、イスタンブールの皇帝は何を心配する必要がありましょう?」。

Q:節操の無さは、タラバニの明らかな特徴と言えるだろうか?

A:節操の無さと賢さは密接に関わっている。タラバニが簡単に同盟相手を変えてしまうと言うのであれば、これは正しい。しかし、バルザニやアラファトもそうだった。これは中東の地政学がもたらしたものだ。内戦や様々なサポタージュによって、タラバニが倒されることもなく今日健在であるならば、この成功は節操の無さの賜物である。私は彼を「クルドのアラファト」と言いたい。アラファトが政治手法で示した特徴の重要な部分はタラバニにも見られる。

Q:タラバニが大統領になったのは、チャンスをものにしたということか?

A:クルドの民族的アイデンティティーが歴史的な舞台に登場したということであり、これは非常に意義深いものだ。しかし、これはチャンスではない。代償を支払った末に得られた成果である。

Q:タラバニは「先ずイラク人であり、そしてクルド人でもある」という存在になれるか?

A:なれない、タラバニは先ずクルド人である。18歳の時、始まった闘争において幹部の一人となった。この30年間をその闘争の指導者として過ごし、72歳となった今、タラバニへ「もうクルド人であることは忘れなさい」と誰が言えるのか。タラバニの存在を意義あるものにしているのは、彼がクルド闘争の結晶であるということだ。だから、タラバニは「先ずクルド人であり、そしてイラク人でもある」ということになる。大統領になったのも、イラクの為ではなく、クルドの人々へさらに貢献する為だ。彼が大統領の座に就いたことで、一部の人たちが恐れている「いつかはクルドの独立国家ができるのではないか?」という一線にまで近づくことになるが、これはクルド人の国家にならない、クルド人がイラク国家を我が物とする傾向が強まるだろう。

Q:オザルは、タラバニと大統領官邸で会ったのか?

A:あの会見には私も関わった。タラバニはイスタンブールに来ていて、「ひとつ道を切り開きたいが、大統領が我々の謁見を認めてくれないことには結果が得られない」と言うから、これをオザルに伝えた。オザルが「先ずエルダル・イノニュ(訳注:当時の首相。第二代大統領イスメット・イノニュの子息)と会うように」と答えたので、まずはイノニュと朝食を共にし、その後、オザルへの謁見が許された。タラバニは、官邸の門のところまで来てから私を呼び寄せ、「どうしたら良いんだ、何を話すべきなのか?」と訊いた。彼は興奮して膝を震わせていた。それから「君はクルド人じゃないから解らないだろう。トルコ共和国の大統領が我々に接見するということは歴史的な事件なんだよ」と言ったものだ。官邸から出て来た時、タラバニは殆ど舞い上がっていた。

Q:トルコのクルド人たちは喜んでいただろうか?

A:目立たない形でこれを祝っていた。記念して晩餐会が開かれたりした。北イラクでは街角でお祭り騒ぎになっていた。トルコでこうならなかった理由は一つだけだ。つまりオジャラン(訳注:トルコにおけるクルド反政府武装勢力PKKの首領)である。タラバニとオジャランは対立関係にあったからだ。

Q:今後、タラバニがアンカラへ来た場合、国賓として迎えられることになるが、これで問題が生じたりはしないか?

A:おそらく、アンカラ政府は、前からこれに備えて来たはずだ。例えば、タラバニがバクダッド入りする前にオスマン・コルトュルク大使をスレイマニエへ派遣している。

Q:トルコはタラバニとどう対するべきか?

A:見下したような失礼な態度はやめなければならない。「部族の首領」といった呼称や、「クルド国家を樹立させてキルクークを我々から奪おうとしている」という言説が一部で続けられるかもしれない。しかし、トルコの政治がこういったものから影響を受けているように見えた場合、トルコ国内のバランスも不安定になってしまうだろう。

Q:タラバニへ祝辞を伝えたのか?

A:昨日、2回電話を入れたが、一度目は会議中で、次に掛けた時は睡眠中だった。話すことができたら、冗談で「元気ですか? 同志閣下」と言うつもりだ。

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