【127】キルギスタンの政変【ミリエト紙】【2005.03.25】

3月25日のミリエト紙よりタハ・アクヨル氏のコラムの後半の部分を訳しました。アクヨル氏は、キルギスタンで起きた政変について、ウズベキスタンの状況も交えながら、その見解を述べています。

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キルギスタンの大統領アスカル・アカエフとは、ビシケクとアンカラで僅かな時間ながら会見したことがある。紳士的で柔らかな物腰の知識人だった。政権を手放すことも何度か考えていたらしい。しかし、ウズベキスタンの指導者イスラム・カリモフがこれを思い留まらせた。

アカエフ政権は、野党勢力が増大するに連れて硬化し、閉鎖的な傾向を帯びるようになってしまう。

アカエフ政権の優れた外相であったムラットベク・イママリエフやロサ・オトゥムバエヴァ女史のような人たちが野党勢力へ加わった。今日、民衆運動の指導者となっているクルマンバエフ・バーキエフはキルギスタン独立当初の首相である。

民衆運動によって釈放されたフェリックス・クロヴも、アカエフがKGBの代わりに創設した国家安全機関の長官だった。

エリート層でこのように野党勢力が拡張する中、経済の困窮は民衆の反発をも加速させ、選挙における改竄がこれに火をつけた。グルジアやウクライナのように、キルギスタンでも民衆が蜂起したのである。

旧体制の残滓に対する反発が、民衆をロシアではなく欧米へ引きつけたところは、これらの民衆蜂起に共通して見られる特徴だ。

米国を拠点とする財団、中でもソロス財団による「開かれた社会」活動は、民衆の不満が行動へ移る際に影響力があったと言われている。

さて、これから後はどうなるのか? 現状を見る限り、バーキエフのもとで臨時政権が成立し、選挙が行なわれ、もちろん野党勢力が政権につくのだろう。

しかし、これだけでは済まない。

グルジア、ウクライナから始まった民衆蜂起はキルギスタンで幕を下ろすのか? それとも、他の中央アジア政権、特に危機的な状況にあるウズベキスタンへ影響を与えることになるのか?

中央アジアで最も権威主義的な体制はウズベキスタンのカリモフ政権である。ウズベキスタンには、非常に強力で良く組織された、カリモフに忠実な軍が存在している。キルギスタンの場合、それは軍というより民兵組織のようなものだった。

また、キルギスタンはエスニック問題を抱えていないものの、ウズベキスタンでは流血の民族対立が未だその跡を引きずっている。フェルガナ盆地はエスニック衝突によって血の海と化す恐れがある。ウズベキスタンが、ウクライナやキルギスタンのように簡単に片付いてしまうとは思えない。しかも、ウズベキスタンには米軍の基地も存在しているのだ。

今の時代にこういった変化は避けられないだろう。考えなければならないのは、この変化がバランス良く実現することである。流血の事態を招いてはならない。

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