【126】ディヤルバクルで実現したクルド語によるコンサート【ミリエト紙】【2005.03.23】

3月23日のミリエト紙よりハサン・ジェマル氏のコラムから前半の部分を訳しました。春分の日は、ペルシャ暦の新年でもあり、イランではペルシャ語により「ノルーズ(新年)」、トルコ(特に南東部のクルド人地域)ではクルド語により「ネヴルーズ」として春の訪れを祝います。今年のネヴルーズ祭では、南東部の中心都市ディヤルバクルで大物歌手によるクルド語のコンサートが開かれました。

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90年代の初頭、ディヤルバクルで早朝から営業している「ヌリ・ウスタの茶店」で雑談した時のことを思い出す。「マイケル・ジャクソンがイスタンブールのイノニュ・スタジアムで英語によるコンサートを開いているのに、何故、イブラヒム・タットゥルセスやジワン・ハジョがディヤルバクルでクルド語のコンサートを開くことが禁止されているのか?」と愚痴をこぼされたものだった。

今日、それは実現され、恐れていたほどのことは起こらなかった。

タットゥルセスとジワン・ハジョは、3月21日、ディヤルバクルにおけるネヴルーズ祭でクルド語によるコンサートを実現した。新聞の報道によれば、会場となった広場には25万人が集まったという。タットゥルセスは「こんな群衆は見たことがない。ここに立てたことを誇りに思う」と語り、Vサインを示した。

あれほどの大群衆が如何にして集まったのか、という問いに関しても色々なことが言われている。ある人によれば、タットゥルセスとジワン・ハジョではその理由も異なるそうだ。

しかし、あの大群衆を集めた主な要因には政治があったと私は思う。

オジャランの為に叫ばれたスローガン、レイラ・ザナがファトゥマ・オジャラン(訳注:オジャランの姉)の手に接吻した象徴的な行為、「民主連邦制」というプラカード、これらの全ては、南東部のクルド人たちが如何に政治化の道を辿っているかを示している。

疑いもないことだが、その中には、民族主義や分離主義的な傾向もあれば、武力闘争の拒否もある。EU加盟に向かうトルコで、民主的な法治国家で、人間的に平和に暮らしたいという願いもある。

ディヤルバクルで広場を埋め尽くした人々の中には、これらの全てが一定の割合で存在していた。

そして、これに苛立つ人たちもいる。彼らによれば、全てが外国の扇動によるものだ。これはトルコを分裂させる為の罠であり、その背後にはEUがある。EUとの協調がもたらした民主化や法治国家に向けての前進は、トルコを分裂させる為の罠だと言うのである。彼らは、EUも民主化も法治国家も望んでいない。昔のような二等国家、あるいは三等国家を望んでいるのだ。そして、残念ながら、機会あるごとにトルコ民族主義を扇動しようとする。

しかし、彼らは本当のことが解っていない。トルコを分裂し、もっと酷い状態にさせる罠は、却ってこちらにあるはずだ。民主主義と法治国家の翼をもぎ取り、人々のアイデンティティーや母語を拒否するのであれば、その時こそトルコを地獄へ突き落としてしまうことになる。

この点を、参謀のような冷静さで考えてみなければならない。一部の人たちがすっかり混乱してしまっていることも理解できる。「あんなに血を流して戦い、オジャランを捕まえたのに、何も変わらなかったじゃないか?」と不満を感じているのだ。

ならば、こう問いたい。「では、戦闘の続いた日々に戻りたいのか?」。そう望む為には相当無理しなければならないだろう。あるいは、トルコのミロシェビッチが必要だ。いずれにしても絶望的である。

あの悲しい経験から学び、問題を政治的な解決へ向けて、民主的な法治国家を軌道に乗せなければならない。これが正しい選択であり、他に道はないのである。

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