【122】改宗したムスリムのルーツはキリスト教徒【ザマン紙】【2005.03.16】

3月15日付けのザマン紙より。ザマン系の月刊誌アクションの特集から要約された記事の一部を訳して見ました。内務省の発表によると、トルコではこの8年間に338人がムスリムからキリスト教へ改宗(ユダヤ教への改宗者は6人)したとされ、宣教師の活動が議論を呼んでいますが、アクション誌の特集記事によれば、改宗者の多くは元来キリスト教徒であり、便宜上ムスリムとなっていたのが、本来の宗教へ戻ったということのようです。

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キリスト教徒に改宗してしまった人たちについて行われた調査によると、改宗が最も多かったのはイスタンブールであり、その後に、ディヤルバクル、アドゥヤマン、バットゥマン、シヴァス、トゥンジェリ、マラティア(訳注:その殆どがクルド人地域)が続いている。

宣教師の問題で、注目を集めている論点の一つは、宣教師たちの主要なターゲットとなっているのがクルド人とアレヴィー派ではないかということである。この件に関して、対象者の住民登録の記録を見るならば、興味深い例をあげることができる。クルド人であると思われていたアドゥヤマン県キャフタ出身のレムズィエ・ディレックリ(1976年生まれ)の家族は元々アルメニア人であったが、この三世代にわたって「ムスリム・トルコ人」(訳注:トルコでは法規上全てのムスリム国民がトルコ人ということになっている)として記載されていた。

一般的にクルド人アレヴィー派として知られる国民の多くは、ルーツから見た場合、クルド人でもアレヴィー派でもない。トゥンジェリ県マズギルト・アイドゥンルック村に籍を持つチェリック家もその一例で、ルーツはアルメニア人である。1944年生まれのアズィズ・チェリックは、1972年にキリスト教へ改宗しサルキスと名乗るようになった。二人の息子もグレゴリアン派のキリスト教徒(訳注:グレゴリアン派アルメニア正教徒)になっている。この家族では、アレヴィー派に多く見られるアリ・エクベル、フュセインといった名前が良く使われている。

1963年に家族ごとキリスト教へ改宗したアルメニア系のガラベット・ルザ・ヤージュの家族は、現在トゥンジェリ県マズギルト、カラマン県、そしてイスタンブールのエミノニュで暮らしているが、トゥンジェリ県とカラマン県の住民登録を見ると、家族は未だに「ムスリム・トルコ人」ということになっている。

アクション誌の記事によれば、僅かではあるがムスリムからユダヤ教への改宗者もいる。

退役将軍ケマル・ヤヴズの子息の妻とその姉妹であるミネ・ユルドゥルムは、1997年にキリスト教へ改宗したサーリッヒ−ヤシャル夫婦の娘であり、ミネ・ユルドゥルムは未だに宣教活動を行っている。

1988年にキリスト教へ改宗したスナ・アルジュは、ドクズ・エイリュル大学学長エミン・アルジュの従兄弟の嫁である。

トルコ民族主義の思想家であり、本来の名をモイズ・コーヘンといったユダヤ人ムニス・テキナルプの孫セヴィム・テキナルプは、1987年に家族の本来の宗教であるユダヤ教へ改宗した。

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