【113】貿易を知らないトルコ人【ラディカル紙】【2005.02.24】

2月23日付けのラディカル紙より、モスクワ特派員スアト・タシュプナル氏のコラム。海外との取引に未だ慣れていないトルコの中小企業の様子がコミカルに伝えられています。

****

遠くから見るとトルコ人は商取引で世界を手玉にとっているように見える。パプア・ニュー・ギニアからサハラ砂漠に至るまで、世界の何処へ行ってもトルコ製品の売られていない所はない。しかし、ある人たちから「トルコ人は貿易を知らない」と言われたら、貴方はどう思うか? しかも、そう話しているのが、自由市場経済と出会ってから15年も経っていないロシア人だったら、貴方は笑うだろうか? 泣くだろうか?

私はこれを初めて聞いた時、「つい昨日まで、スーツケースに商品を詰め込んでイスタンブールのラーレリ坂をうろうろしていたロシア人が商取引の何を解ると言うのだ?」と笑い飛ばしたものだった。しかし、時はあっという間に流れ、ロシア人は稲妻のような素早さで商売を学んでしまう。そもそも、彼らの先祖は、シベリアの毛皮やカスピ海のキャビアをヨーロッパへ売りながら何百年も前にその種をまいていたのである。ソビエトの時代、地中に潜んでいた種は、初めて水と日の光りにめぐり会うや、瞬く間に花を咲かせ始めたということだ。

そして、既に我々のことを嘆くまでになった。友人のロシア人ビジネスマンは次のように明かしている。「ケーブルの仕事をしているんですよ。推薦を受けてイスタンブールのある会社と取引しようとしたんですが、まず先方に英語の解る人を見つけるまで何日か過ぎてしまいました。それから、サンプルとイスタンブール渡しの価格を要求したところ、『こちらへ来て下さい。会って一緒にお茶でも飲みましょう』と言うから、『とにかく急いでサンプルをこちらへ送り、価格を知らせて下さい。検討の上、必要とあらばこちらから出向きましょう』と答えたんです。ところが彼らは、信じられないほど暢気に構えて、『一度お会いしましょう。何でもやりますよ』と言い続けます。でも、何とかこちらの要望は解ってくれたものと思っていたのに、小さなサンプルがモスクワへ届いたのは一ヶ月も後のことでした。さらに、価格を知る為にもう一ヶ月。もうその頃には、他のドイツの会社と取引を始めていましたよ」。

商売を良く知っている先輩たちが言うことには、これはそれほど大袈裟なことでもない、品質と価格が買い手を満足させれば、その時点で取引は成立するのである。しかし、ロシア人たちは、トルコの中小企業とは「仕事が出来ない」状況の中で疲れ果ててしまっている。

カタログや案内書を見れば、数多のトルコ企業が手を広げてロシアからの顧客を待ち受けているかのようだ。誰もがロシア市場へ参入する為に頑張っていると言う。しかし、その思考方式を変えなければ、袋小路でのたうち回るだけである。

「商品のFOBとCIF価格を知らせてくれ」と訊かれているのに、「まかせて下さい。お宅はどのくらいまでだったら払えるんですか?」と答えたりする。「サンプルを航空便で送って」と頼まれれば、「それでは高くつくから、お宅がイスタンブールへ来てもらえませんか。さもなければ、出稼ぎに行く建設現場の労働者に持たせるから空港で受け取って下さい」などと相手側に知恵をつけようとする始末だ。「この商品の価格を3日以内に出してくれ」という要求に対し、「3日も掛かりませんよ。全て明日ご用意できます」と答えて、一ヶ月も掛かってしまう。「Eメールのアドレス」を訊かれて、「良いですか、申し上げますよ。イスタンブール市某区・・・。えっ? Eメールのアドレスですか? うちにはこのアドレスしかないんですがねえ。私書箱だったら45番で・・・」なんてことをやっている。未だこればかりではない。

ビジネスを知っている人たちによれば、「トルコはこの20年間で生産することを学んだが、営業の仕方は教わらなかった」ということになる。サル・パザルで縁台の上に商品を積み上げて売っていた時の思考から抜け出せず、アポイントに時計ではなくカレンダーを見ながら間に合わせようする、「原価計算」や「業務計画」といったことには殆ど縁のない名ばかりのビジネスマンたちがロシア市場での成功を遠ざけているのである。彼らの現状を嘆いたら良いのか? それとも、ロシア人がこんなに早く学んでしまったことを見ながら、もっと嘆くべきなのか? 取引しながら、ロシア人の教えを受け小言を聞く時になって、これが分かるのだろう。

****

▲トップページ
▲前の記事
▲次の記事
▲トルコの新聞記事INDEX