【112】緊張が高まるトルコ・アメリカ外交【ザマン紙】【2005.02.22】

2月21日のザマン紙より。主筆のエクレム・ドゥマンル氏は、緊張が高まる米国との関係を懸念し、メディアへ冷静な対応を呼びかけています。

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ある問題について詳細に討議する為、海外メディアによる報道を待たなければならなかったのか? ある種の話題が常識の枠を出て、誤解を招くような状況になっていたのは明らかだった。適時に是正されなかった問題は、人々を悩ませる規模にまで膨れ上がってしまう。

例えば、かねてよりアメリカの人たちは、トルコでアメリカに対する敵意が高まっていることを指摘し、これに不快感を表していた。この事象の何処までが「アメリカへの敵意」であり、どのくらいが「米政府の政策に対する疑念」であるのかは議論されなかった。BBCのアンケート結果が取り上げられ、それによれば、ブッシュの再選を最も否定的に見ている国の筆頭にトルコが位置しているのだ。

先週、世界的に有名なウォール・ストリート・ジャーナル紙でトルコを辛辣に批判する論説が掲載されるや新たな議論が巻き起こっている。2月16日付けのロバート・L・ポロックによる記事は、その表題からして毒々しいものだった。「再び欧州の病人に」。

レフェランス紙とラディカル紙は、記事をトルコ語に訳して読者へ伝えた。ポロックは、先ず政府を非難し、それから一部の新聞名や記事をあげながらメディアを手厳しく批判している。さらに、CHP(共和人民党)の党首が主張した「アメリカの陰謀説」にも言及し、「一時はアタトュルクの政党であった」と言いながら批判的な言説を並べている。

この記事は非常に強い調子で書かれているばかりでなく、滅多にお目に掛かれないほどの憤激に満ちた論調が随所に見られる。以前にも、アメリカのメディアで、トルコの政治、メディア、軍部を批判する記事が掲載されたことはある。しかし、いずれもこれほど厳しいものではなかった。その為、今回の記事には強い反発も出ている。そして、もとより米国に対して否定的な態度を取っている人たちにとっては良い機会となった。

そもそも他のいくつかの新聞は、今回のウォール・ストリート・ジャーナル紙のものより辛辣な記事を掲載していたが、ポロックの論説は一部の人たちにより争いを煽りたてる材料にされてしまった。ウォール・ストリート・ジャーナル紙のように世界的な新聞に、これほど辛辣な記事が載せられ、それに厳しく反発する声があがっているわけで、これは両国間の問題を解決するうえで何の役にも立たない。

ここで明らかなのは、トルコと米国の関係が厳しい試練の時を迎えているということだ。かねてより緊張が高まっているのは知られていた。アメリカが要請したトルコ領内からのイラク進撃がトルコ議会で否決されて以来この緊張は続いていたのである。この間、疑念や憤激を駆り立てるようなことが度々起こったが、外交とはこういった時の為に存在するはずだ。政治家は適切に対応して緊張を和らげなければならない。ところが、メディアを介した言葉による決闘が行われ、最後には、米国の国防副長官ダクラス・フェイスが出て来て、「反米感情がおさまらなければ、両国の関係は困難なものとなる」と発言するに至った。

こうして、売り言葉に買い言葉の状況が続いた場合、これが誰の利益になるというのか? この争いは、トルコやアメリカ、イラク、イスラム世界のいずれにとっても利益にはならない。確かなのは、分別ある対応が必要となっていることだ。しかし、双方とも憤激するばかりで、問題は長いこと膠着状態にある。イラク戦争、トュルクメン人、北イラクの将来、クルド国家のシナリオ、PKKに関する期待・・・、政治的な知恵はこういう時にこそ発揮されなければならない。ジャーナリズムの責任が問われるのと同じように・・・。

メディアの任務は事態を客観的に読者へ伝えることだ。だから、問題を見てみぬふりをすることは出来ない。情報がどの程度健全なものであるかを検証する必要があると同時に、手にした情報は公開しなければならない。そして、情報をもとにした論説に慎重さが求められるのは言うまでもないだろう。問題の分析において身につけなければならない良識ある態度はジャーナリストに不可欠の要素である。

もしも、両国の関係を完全に破壊しようとするのであれば、適当な話題を見つけることは差ほど難しくない。巷には扇動的な情報が満ち溢れている。虚偽や誤った情報、誇張された見解、扇動的な発表、毒のある文章、憤激をもたらす映像、憎悪を掻き立てる写真・・・。こういった困難な時期には、政治もジャーナリズムも歴史的な責任を負っているのである。

一つ認めておかなければならないのは、「陰謀説」といったものがメディアにとっては信じられないほど魅力的なことだ。なぜなら多くの人々が、こういった情報には我を忘れて飛び付いてしまうからである。そうなると、販売部数をあげようとして、この手の話題を熱心に扱う者が出てくる。そして、もう一つ認めておかなければならないが、これほど様々な情報や憶測が飛び交ったことは未だかつてない。毎日、公然と諜報活動が行われているかのようだ。虚偽と誤報を広めて世論を形成する為に力が尽くされている。心理戦の真っ只中に置かれたメディア・・・。

メディアが自らの基本的な規範に敬意を示すならば、社会がこれほど大きな問題に直面することはない。各情報の真偽を検証するのは、そんなに難しいことなのだろうか? 手にした情報について相手側に問い合わせたり、複数のニュースソースによって互いにチェックさせたりすることが、それほど難しいとは思えない。

近年、インターネットはトルコばかりでなく世界的にも虚偽情報の源泉となってきている。それほど多くはない真面目なインターネット・メディアは除外するが、一般的に誰が発信し誰が編集しているのかも分からないサイトでは、想像もつかないような主張がまかり通っているのだ。しかも、デジタルで作られた写真や映像は、時として大きな間違いのもとになり得るだろう。インターネットに法的な規制がないことは正体の見えない虚報提供者に勇気を与えてしまっている。これには、職務上の規範を忘れ、いい加減な情報に身を任している新聞やテレビも一役買っている。最近、流行っているのは「聞かれた」という表現であり、明らかな虚偽であっても「聞かれた」と言えば正当なものになってしまう。メディアは事件に対してより注意深くアプローチする必要がある。あまつさえ、それが国際関係にまつわるものであれば・・・。

トルコでは、アメリカの政策(特に中東に関する)が疑念をもって注視されている。理由は明らかだ。戦争は隣国で起こっているのであり、拡散する可能性を否定することはできない。民衆が恐れているのはこれである。民衆が懐いている疑念や怒りを「アメリカへの敵意」と見るのは間違っている。その歴史と文化的な蓄積からして、トルコ国民は何処へも絶対的な敵意を懐いたりはしない。つい先ごろまで、アメリカへのシンパシーが広がっていたこの国で、反米感情が世界でも例を見ないレベルに達することは有り得ないことだ。トルコ国民は、アメリカがボスニアやコソボでムスリムを助けてくれたことを忘れてはいない。PKKの首領がアメリカによって取り押さえられトルコへ引き渡されたことも記憶に残っている。

米国のジャーナリズムは、出来事に対して分別のある見方をしなければならないだろう。BBCの調査は納得の行くものではない。お互いに繋がりのない事柄を一つにまとめて、トルコの民衆に反米感情があると決めつけるのは、反トルコ感情を煽ることにもなる。アメリカへの敵意がトルコの利益にならないように、トルコへの敵意もアメリカの利益にならないはずだ。

メディアは冷静に常識的な態度を示さなければならない。人々は、調べ上げて手にした真実を躊躇わずに書きながらも、職務上の規範を逸脱しないジャーナリストを望んでいるのである。

新聞は誰かの為に発行するものではない。もしもそうであれば、民衆の良心によって砕け落ちてしまうだろう。社会の良心に背きながら、単に販売部数をのばそうとして新聞を発行することはできない。ゆえに、真実を曲げることもできなければ、国民感情を扇動のために使うこともできないのである。両国間の危機を大きくさせるようなことがあってはならない。ジャーナリズムには、ある程度中庸というものが必要だ。特にそれが国際関係にまつわるものであれば・・・。

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