【108】ボブ・ディランの先祖はトルコからの移民だった【ラディカル紙】【2005.01.17】

1月11日付けのラディカル紙よりエニス・ユルドゥルム記者の記事。ボブ・ディランはその著書で、ルーツがトルコのカルス県であることを明らかにしたそうです。ユルドゥルム記者は早速地元カルス県の反応を取材しています。

****

米国の歌手ボブ・ディランがその半生を綴った著書に、キャウズマン(訳注:トルコ北東部カルス県)をルーツとする祖母の姓はクルグズであり、トラブゾン県に住んでいたと記したことにより、これらの地方は興奮に包まれている。トラブゾンのクルグズ家の人々は、自分たちとディランの似ている点を並べあげているし、キャウズマンでは、ディランがこの地方でコンサートを開き、貧困との闘いを支援してくれることが期待されている。

ボブ・ディランは、人生と40年に亘るその活動を綴った3連作の第一巻において、祖母がトラブゾンの出身でクルグズという姓だったことを明らかにした。ディランの著書を紐解くと、その辺の事情については次のよう記されている。

「南ロシアの港町オデッサから米国へ移住した。そのオデッサへもトルコのトラブゾンから渡って来たのである。祖母の家族はもともとアルメニアとの国境に近い小さな町キャウズマンに居て、姓はクルグズだった。祖父の家族も同じ地方の出身である。皮革や靴の加工に携わっていたという。祖母の先祖は、イスタンブールからこの地へやって来たそうだ」。

これが報道されるや、キャウズマンではクルグズ姓を持つ人がいるかどうか調べられたものの、残念ながら該当者はいなかった。しかし、カルス県キャウズマンのニハット・ユジェ市長は、ボブ・ディランへ次のように呼びかけている。

「私たちはこれを誇りに思い喜んでいます。直ぐに本人と連絡を取り合って招待するつもりです。彼の遠縁を見つけるために力を尽くしてみましょう。彼が名誉市民になることを誇らしく感じます。ここへ来てコンサートを開いてもらえれば、貧困と闘うキャウズマンの人々も活気を取り戻せるでしょう」。

カルス県のナイフ・アリベイオウル知事も、ボブ・ディランがカルスとの関わりを明らかにしてくれたことに喜んでいる。AKP(訳注:現与党)公認の知事は、ディランがカルス県を訪れることを希望しつつ、「世界的に有名な歌手が、我々の町について語り、先祖がこの地から移住したことを明らかにして、我が町を紹介してくれました。もしも、本人がここへ来てコンサートを開いてくれるならば、貧困にあえぐキャウズマンも蘇ることでしょう」と語った。

キャウズマンで見つからなかったクルグズ姓を持つ人たちは、昨日トラブゾンで名乗りをあげた。報道をテレビで見たと言うエミネ・クルグズは、ボブ・ディランの顔の輪郭が、25年前に他界した夫のメフメット・サリヒ・クルグズに似ているとしながら、次のように述べている。

「彼と親戚であることが明らかになれば良いですね。顔の皺とか肌の色に夫の面影を思い出しました。もう年寄ですから、私があちらへ行くことは無理だけれど、彼の方がここへ来てくれたら、歓待しますよ」。

エミネ夫人の子息エンギン・クルグズ氏は、ボブ・ディランの語ったことを読むと直ぐに自分たちの家系を調べてみた。エンギン・クルグズ氏によれば、トラブゾンで他にクルグズ姓を持つ家族はいないそうだ。

「ボブ・ディランが明らかにしたことには私たちも驚きました。これは私たちにとっても大変興味深いことです。父も祖父も一人息子だった為、家系についてはそれほど情報がありません。報道を知ってから、祖母の近親者に尋ねて見たものの、祖父アリ・オスマン・クルグズより先には家系を遡れませんでした。父が9歳の時に祖父は亡くなっています。祖父はバイブルト県のトマラ村から移住してきたそうです」。

エミネ夫人の48歳になる娘ネザハット・クルグズも、ボブ・ディランの鼻が亡父のものに似ていると話している。トラブゾン、アンカラ、イズミルの各地で暮らしているクルグズ家の5兄弟は、今、胸を躍らせながらボブ・ディランとの面会という吉報を待っている。


****

写真は、ボブ・ディランの隣に見えるのがメフメット・サリヒ・クルグズ氏。下はクルグズ家の面々で、左端がエミネ夫人と思われます。


▲トップページ
▲前の記事
▲次の記事
▲トルコの新聞記事INDEX