【107】プロテスタント宣教活動と政教分離主義【ザマン紙】【2005.01.06】

1月6日のザマン紙よりシャーヒン・アルパイ氏のコラム。先達て、強固な政教分離主義者として知られるエジェビット元首相の夫人ラフシャン・エジェビット女史が、プロテスタント宣教師の活動に対する懸念を明らかにしつつ、「EUへ加盟すれば、我々は自分たちの宗教(イスラム教)を失ってしまう!」と発言、話題となりました。アルパイ氏は、トルコの政教分離主義について、その見解を述べています。

尚、アルパイ氏は現在ザマン紙で執筆していますが、本来は左派のジャーナリストです。

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プロテスタントの宣教活動がトルコで盛んになっていることへの反発には興味深いものがある。宗教が国家によって管理されていることを望む所謂「政教分離主義者」たちが叫ぶ「我々は自分たちの宗教(訳注:イスラム教)を失ってしまう!」という主張に、一部の識者は驚いているようだ。しかし私に言わせれば、これは驚くべきことでもない。トルコにおける政教分離主義とは、殆どの場合、宗教を弾圧することではなく、公認のイスラム思想(宗教庁による)、もしくは自分たちが受け入れたイスラム思想を支配的なものにさせることであり、それ以外の信仰には自由を認めないという意味であった。

政教分離主義者たちが、宣教師の活動を前にして、民族主義(政教分離主義とは双子の兄弟である)的な発想で、「我々は自分たちの宗教を失ってしまう!」と叫んでいるのに対し、敬虔なムスリムたちは、より寛容な態度を見せているが、これも驚くべきことではない。なぜなら、敬虔なムスリムにしてみれば、政教分離主義よりも敬虔なキリスト信仰の方が遥かに真っ当なことだからだ。

ヨーロッパにおける最近の動きを見るならば、クリスチャン対ムスリムによる両極化ではなく、ラディカルな政教分離主義者に対する「敬虔な信者たち」という構図になってきていることが解る。多くのキリスト教聖職者は、フランスのスカーフ禁止法に反対したばかりでなく、ムスリムが大部分を占めるトルコのEU加盟を強力に支援している。つまり、少なくともヨーロッパでは、ハンチントン氏が期待したような展開は見られないのである。

政教分離主義者たちによる「我々は自分たちの宗教を失ってしまう!」という叫びは、実際のところ、彼らが如何に政教分離からほど遠い存在であるかを示すものだ。政教分離を信じる者は、国家と宗教が分離されていること、国家が全ての信仰を平等に扱うこと、他者の信仰の自由を踏み躙らない限り、信仰と良心の自由が制限されないことを主張するのである。

ところが、「政教分離主義者」たちが目指すものは、国家が宗教を管理下に置き、公認の解釈を擁護して、信仰と良心の自由もその線に従って制限することであり、おそらく、もっと重要なことは、宗教を民族主義の目的に役立つ手段のような状態にさせることである。

「我々は自分たちの宗教を失ってしまう!」という叫びは、政教分離主義者たちが纏っていた「政教分離」という仮面を再び剥がしただけに留まらず、「民主主義」という仮面も剥がしてしまった。トルコ共和国は、国連の人権宣言、そして欧州の人権約定に署名した。これは、宣教活動、改宗の自由を認めるものだ。法廷が下した決定は、この自由を保証している。

多様性のあったオスマン朝の伝統、そして支配的だった寛容なイスラム解釈の影響もあって、トルコの民衆には、異なる信仰やアイデンティティーに対する敬意がある。敬意を示さないことは例外と言えるものだ。異なる信仰やアイデンティティーに対して敬意を示さない悪弊は、トルコの平凡な庶民にではなく、政教分離主義・民族主義エリートたちに存在しているのである。

さて、プロテスタントの宣教活動が、トルコで成功する可能性はどのぐらいあるだろうか? トルコにおけるプロテスタントの宣教活動は、それほど新しいことでもない。19世紀には、プロテスタントの宣教師がアナトリアで広範囲な活動を見せていた。しかし、オスマン帝国が最も弱体化している時でさえ、ムスリムは言うに及ばず、クリスチャンである帝国臣民の間でも大きな成果を得ることはなかった。僅かに、グレゴリアン派アルメニア正教徒、カソリック及び正教徒のアラブ人の中に、それぞれ小さなプロテスタント信徒の会衆が誕生したのみである。

今日も、宣教師たちは、トルコの様々な地域で小さな信徒の集まりを創り出しているかもしれない。しかし、参謀本部が注意を喚起したと言われているような「クルド人とアレヴィー派がまとまって改宗する」という可能性はゼロに近い。

イスラムの面から見て、トルコにおける最も大きな危機は、自由と民主主義が広まりグローバル化する世界の中で、その必要に応じた宗教解釈を発展させて行くことができない場合に生じる、と私は考えている。しかし、そういった問題が起きているというわけではない。

ところで、宣教師の活動が、何故、カソリックのラテンアメリカ、仏教の韓国で大きな成功を収めることができたのか? この問いについては、他の機会に言及したいと思う。

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