【103】クルド人による政治運動の行方【ザマン紙】【2004.12.21】

12月20日のザマン紙より、エティエン・マフチュプヤン氏のコラム。EUの決議を前して、フランス等の報道機関で公表されたクルド知識人たちの署名入り宣言文が議論を呼んだことに対し、マフチュプヤン氏がその見解を明らかにしています。

****

クルドの知識人たちが、一部の外国報道機関へ送った宣言文は、先週、激しい議論の的となった。宣言文の民主的な表現の中に「連邦制の要求」が見られることや、EU決議の直前というタイミングが取り沙汰されたのである。実際、トルコのEU加盟を阻害するクルド人の動きは好ましいものではない。もしもこれが、先見性の欠如によるものでなければ、クルド人政治運動の中央集権的な構造が、民衆に対する支配を間接的に続けようとしたものであるとしか説明がつかない。しかしこれは、誰にとっても驚くべきことではないだろう。

10月21日付けのオズギュル・ギュンデム紙(訳注:クルド人が発行している新聞)を見ると、オジャラン(訳注:反政府クルド人武装組織PKKの首領。99年に逮捕されています)のメッセージを彼の弁護士が次のように伝えている。

1)AKPの米国を頼った政策は、信任統治を思わせるものがある。
2)AKPは武力衝突の継続を望んでいる。
3)米国とEUはクルド問題の解決を望んでいない。

これは、反EUを唱えるトルコ人と「クルド人」の間にある共通の利益を示唆するものであり、これを反AKPの共同戦線を張ることにより具体化させようとするものだ。どうやら、オジャランは、EU加盟へ向かうトルコで、クルド人政治運動が彼の手から離れてしまうことを恐れている。今日まで、クルド人政治運動を一枚岩的な構造の中に押し込め、民族意識を高めることによって、組織内の政治闘争を抑えこんだオジャランは、これによって政府からも少なからず間接的な支持を得て来た。現在は、トルコがAKP政権のもとで民主化されることにより、クルド人にも政治の場が開けて来ている。これは、旧来の公認思想(クルド側も含む)を不安に陥れた。

公表された宣言文は、この苦境がもたらした動きから成り立っている。PKKが今後、政治的な中心、一種のクルドによるポリットビューロー(共産党政治局)的な形に再生されることを狙ったものである。

11月28日付けのオズギュル・ギュンデム紙で、ムラット・カラユランが語っていたことは、この点から言って、重要な糸口を含んでいる。PKK再建委員のカラユランによれば、「新しいPKKの基本的な目標と使命は、民主的でエコロジックな社会と一種の革命をパラダイムとし、クルド人を地域の指導的な民族にすることである」。しかし、このまやかしの民主的な発言の正体を明らかにする為には、さほど労力も必要としない。なぜなら、この運動の核心は、「新しい未来を創造する闘争において、決意に満ちた勇気ある恐れを知らない人格のプロフィール」、即ち「オジャラン主義の魂」であるからだ。つまり、そこにあるのは民主的な政治ではなく、自らを民主的であると宣言することにより、他の全ての政治的傾向を支配下に置こうとする、且つその際に、自らに世俗を超越した意味合いを付加させようとする何処か宗教的な態度である。

この見解を導き出す為には、わざわざ行間を読み込む必要もないほどだ。カラユランはこう語っている。「今日、オジャラン主義運動のイデオロギー的な真実を政党によって明らかにすることは、現代思想の形式が要求するものだ」。そして、政党という構造があったならば、「預言者も政党によって教えを説いただろう」と言い、次のように続ける。「我が指導者が預言者であるというのではない」。しかし、目標とするものが、民衆を導く中央集権体制であり、「オジャラン主義運動の主旨から外れずに前進し、目標へ到達するためには、信仰による行動にも似たイデオロギー的な指導力が必要」と強調しているのである。

要するに、PKKのクルド人政治運動における自然な支配力が崩れ去る中で、一つの方法として政治を超越した立場を築くことが考えられたようだ。これは、結局のところ、PKKが敗北の過程にあることを示している。トルコ政府が今まで続けて来た政策は、クルド人をPKKへ人質として渡してしまっていたが、EU加盟交渉が進む中で、クルド人もトルコ人と同じように、捏造された焦点から逃れ、自らの社会的な多様性と向き合わなければならないだろう。

****

▲トップページ
▲前の記事
▲次の記事
▲トルコの新聞記事INDEX