【101】アルメニア人の食卓【ラディカル紙】【2004.12.02】

11月28日付けのラディカル紙より。トルコ国籍のアルメニア人であるタクヒ・トヴマスヤン女史が著した「ソフラヌズ・シェン・オルスン(食卓を賑やかに)」という作品の書評を、トルコ国籍のギリシャ人であるマリアンナ・イエラスィモス女史が記しています。

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人々は気を落ち着かせる為に何を読むだろうか。詩を読む人もいれば、探偵小説、物語、あるいは料理の本を読む人もいるだろう。私はこの最後にあげた類に数えられる。慌しい一日が終り、一冊の料理本と共にベッドへ入れば、世界は私のものになる。少し読んで、気に入った料理が何処から来たものか考える。その味や、それを作っている人たち、食べている人たちを思い浮かべながら眠りにつく。

読んだものの中で、実際に作ってみるのは、ごく僅かだ。おそらく、料理そのものより、それを作る人たちの物語が私の興味をひくのだろう。そんなわけで、私は、「料理の思い出」といったような本が好きなのである。

最近は、この手の本が沢山出ている。忘れられない一冊として、詩的な表題と共にその内容も感動的なセリム・イレリの「我が家のたった一つのロブスター」がある。このカテゴリーのクラシックと言える「Colette Rossant」の「忘れられない味覚の国エジプト」をあげることもできる。また、トルコの読者にとって興味深い内容ながら、ギリシャ語で書かれている為に読まれることもないクスラ・ハルクスィの「イスタンブールの味覚と香り」という本もある。

もちろん、この他にも良い本が出ているが、上にあげたのは、わけても忘れ難い印象を残したものばかりである。しかし、これらの本も、先達て一息に読んでしまった「ソフラヌズ・シェン・オルスン(食卓を賑やかに)」ほどには深い感動を残さなかった。私はこれを読みながら涙を流したのである。

タクヒ・トヴマスヤンがアルメニア人の食卓について書いていることを聞き、期待していたのだが、それは期待を遥かに上回る一冊だった。

この本には様々な料理のレシピも載っているけれど、それよりも大切なのは、著者が大きな愛を込めて描いた、ある時には哀しく、ある時には喜びに満ちた人々と家族の物語ではないだろうか。

多くの人々、そして「おばあちゃん」たちを知ることができた。人間は、自分の住んでいる世界から踏み出さない限り、アンドゥロニキ、そしてエヴリディキおばあちゃん(私の祖母たち)、あるいはエミネ、ファトゥマおばあちゃん(訳注:いずれもトルコ人女性の名)とだけ過ごすことになる。ところが、この本を読んだ今はそうではない。トピクやダラク・ドルマス(脾臓の詰め物)、パンと隠元豆の入った肉煮込みを、熟達の技でもって丁寧に楽しみながら調理するチョッル地方のタクヒあばあちゃん(訳注:著者タクヒの祖母)、そしてチョッル地方やアルメニア人の伝統を頑なに守りつつ、「赤レンズ豆入り葡萄の葉の詰め物」を作るアカビおばあちゃんと知り合ったのだ。「カタツムリ入りのシチュー」、「ムール貝の詰め物」、ジズレメ、「亭主は見ない(訳注:トルコには変わった名の料理が沢山あります)」を作るチャタルジャ地方のマリ(著者の母)、ルスィおばさん、アルシャルイスおばさん、他にも多くの女性たちと一晩のうちに知り合うことになった。

おじいちゃんたちのことも忘れてはならないだろう。まず、イスタンブールのイエディクレでビヤホールを経営していたガザロス翁、その子でガス缶により一財産築いた著者の父、貴金属加工職人のベドゥロスおじさん、なんでも器用にこなした鍛冶仕事の達人「熱血漢ベドゥロス」、生まれながらの獣医だったトロスおじさん、そして、農場、家、食卓を友人や親族と分かち合ったその他のおじさんたち。

さて、以前はこの人たちのことを何故知ることがなかったのだろう? 彼らの多くは、サマティヤのスル・マナストル街に長年住んでいたギリシャ正教徒であるアンドゥロニキおばあちゃんや父、さらにはイスタンブールに住む数多のムスリム・トルコ人、ユダヤ人と生活を共にしていたのである。同じ汽車に乗り、同じ海辺で泳いだ。シルケジの老舗ハジュ・ベキルで同じ菓子を食べ、同じ魚でピラーキを作ったり、ムール貝の詰め物を作ったりした。毎年、5月になるとイエディクレでレタスを、9月には籠で売られる鰹を買ったりしたのである。非ムスリムであれば、時として似たような悲しみを味わったことだろう。

しかし、この人たちはお互いを知ることがなかった。非ムスリム同士であっても状況は異ならない。なぜなら、とりわけ都市において、彼らは長い間、同じ空の下で、異なるゲットー、異なる街区に「自分たちの世界」を作って暮らしてきたからだ。「その他」の人たちとの交流がなるだけ制限され、それぞれの社会はお互いに情報を得ることができずにいた。そして、民族的、宗教的な違いが、他の相違点を見えなくしてしまった。これは、人々がお互いを仇敵のように見て、それに合った態度を身につけることを容易にし、敵とする理由なんて全く消え去った後も、敵意は続いたのである。

タクヒ・トヴマスヤンが見事な筆で綴った「料理の思い出」の中には、私が以前から知っていたこともある。故郷から出てきた祖母・祖父たち、都市に定着した父母、賑やかな家族の食卓、台所に関心を寄せた男たち、富裕税にまつまる物語等々。しかし、なんと多くのことを知らずにいたことか。隣合わせに暮らしてきた人たちの習慣、宗教的な祝祭、文化、芸術、そして僅かながら、その言語や近代史を学ぶことができた。

社会の移り変わりを示す貴重な写真の数々も掲載されている。その写真を見ながら、二つのことを決意した。

1−トピク(訳注:炒めた玉葱に葡萄や松の実を混ぜたものを、馬鈴薯とエジプト豆で作った薄皮で包んだ料理)と「赤レンズ豆入り葡萄の葉の詰め物」のレシピを実際に作りながら学んでみよう。ペタルダとマフィシという菓子には、もう我慢がならないから、著者本人を招待して実地に教えてもらおう。

2−チョッル地方やチャタルジャ地方、サマティヤ街のアルメニア人についてもっと多くのことを調べてみたい。そして、ヘルヴァ菓子を作る時に著者が唱えたように、宗派を超えて「神の恵みがありますように」と祈ることにする。19世紀は、もう過ぎた昔のことだろうから。

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